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タイトル:   2024年2月22日大倉山梅林と、歴史と緑の散策路を巡る”報告書

3M悠々クラブ“ウォーキングの会”
“2024年2月22日大倉山梅林と、歴史と緑の散策路を巡る”報告書

2024年2月23日

 大倉山は、 神奈川県横浜市港北区の町名。現行行政地名は大倉山一丁目から大倉山七丁目。2007年から2009年に渡る住居表示の実施により、それまでの太尾町から大倉山に町名変更されました。この地に大倉邦彦が精神文化研究所を設立したのが名前の由来となっています。ここの梅林は東急電鉄が公開しその後横浜市が取得して整備されたものです。この地域には歴史を感じる建物や、緑のきれいな散策路があり楽しめます。
 2月22日(木)東急東横線大倉山駅出口集合ということでしたが、あいにくの冷たい雨模様で参加したのは8名でした。

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 まずは大倉山公園を目指します。線路に沿った坂道を上がっていきますと大倉山公園という看板が見えます。さらに奥に進み長い階段を上がると、大倉山記念館が現れました。
 大倉山記念館は昭和7(1937)年大倉邦彦が大倉精神文化研究所として建設。横浜市有形文化財に指定されており、ギリシャ神殿風の外観や神社建築の木組みを用いたホールなど見どころが多くありますので各自思い思いに見学しました。

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 大倉山記念館を出て、さらに大倉山公園を進みますと、大倉山公園梅林が見えてきます。
 大倉山公園梅林は昭和6(1931)年東京急行電鉄が梅林として公開。その後横浜市が取得。施設を整備し、平成元(1989)年に大倉山公園の一部として開園。32種、約200本の紅・白梅があり、春には観梅会が開催される有名な梅林です。今回はあいにくの雨でしたが、梅の花の美しさを堪能出来ました。

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 大倉山公園を出て約15分歩きますと、師岡熊野神社に着きます。
 師岡熊野神社は神亀元(724)年に全寿仙人によって開かれました。関東地区の熊野信仰の中心として多くの参拝客が訪れます。
 御社紋の八咫烏は日本サッカー協会のシンボルマークとして使われています。ここのきつい階段を上ってお参りしました。

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 この後の本来は熊野神社の社務所前を抜けて坂道を登り切ったところを右折して熊野神社市民の森に入り、町を一望しながらウォーキングするコースの予定でしたが、雨でコースが滑りやすくなり危険と判断して、下の舗装道を歩くことに変更しました。

 そこからしばらく歩くとサプライズがありました。なんと女性皇室の眞子様と結婚された小室圭さんがご両親と住んでいたマンションを見ることが出来たのです。その当時は大変な賑わいだったとのことでした。
 さらに歩き、獅子ヶ谷横溝屋敷に到着しました。獅子ヶ谷横溝屋敷は横浜市農村生活館みその公園の一部。旧横溝家の寄贈を受けた横浜市が修復し、指定文化財第1号に指定。江戸時代末期に造られた茅葺き屋根の長屋門や穀蔵などがあり、江戸時代の名主の生活が見学できます。今回訪問すると、なんと明治時代から現在まで、いろいろな年代のひな人形が飾ってあったので、皆熱心に見学しました。

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 ここから大倉山駅に向かいます。約6.4km、2時間半のコースでした。

 次回は「「中目黒から目黒川の桜を観賞ウォーキングです。
日時:3月26日(火)10:00
場所:東急東横線及び東京メトロ日比谷線中目黒駅中央改札口
目黒川の桜というと、露店が出て飲み食いというイメージですが、そうではなく桜の季節に目黒川沿いの桜を中目黒駅から目黒駅まで観賞しながらウォーキングする約4km、7000歩のコースで11:30終了の予定です。

記事
川俣裕章