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タイトル  2022年第2回企画 NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に関わる場所巡り 実施報告書
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鎌倉探索の会 2022年第2回企画

「鎌倉殿の13人」に関わる場所巡り その1 実施報告書


日時:2022年6月1日(水)10時~12時30分
コース:鎌倉駅~鶴岡八幡宮・鎌倉国宝館~大蔵幕府旧跡~頼朝の墓~義時の墓(法華堂)~若宮大路幕府旧跡~宇津宮辻幕府旧跡~妙本寺~鎌倉駅
参加者:徳永、犬養、永原、川俣、山田、内野、田中、山本、岡野、藤村、芳賀中山、清原、若林(文責)、会員14名、鎌倉ガイド協会2名

今回も鎌倉ガイド協会のお二人にガイドをお願いしました。晴天の当日は歩くとちょっと汗ばむ陽気、木陰を探してガイドさんの説明を聞きました。

鎌倉駅から段葛(だんかずら)を歩き、途中ビルの奥にガラス張りで残されている北条屋敷発掘調査の遺構を見学し、鶴岡八幡宮に向かいました。

一の鳥居の両側にある源平池は、平家討伐を祈念して政子の希望で造営されたものです。東の源氏池は白蓮を配した三つの島で産(繁栄)を表し、西の平家池は赤蓮の四つの島で死(滅亡)を表したそうです。

現在の鶴岡八幡宮は階段の上に本宮、下に若宮の上下両宮の形になっていますが、頼朝が建立した時は下の若宮だけで、舞殿もなく、「静の舞」は若宮の回廊で行われたものと思われます。

鎌倉国宝館では折よく「北条氏展Vol.2(鎌倉武士の時代)」が開催されており、学芸員から、鎌倉時代と江戸時代の仏像の違い、絵巻物から見る当時の戦いの様子などの説明を受けました。学芸員の方はスタイルの良い美人で、国宝の仏像より、ついつい学芸員の方に目が行ってしまったのは私だけではなかったようです。

その後、頼朝の墓、義時の法華堂跡の遺構を訪れました。当時は高位の人が亡くなると、土葬し、その上に法華堂を建てたそうですが、狭い鎌倉の地にその都度法華堂を建てるわけにはいかなくなり、崖に横穴を掘った「やぐら」に火葬して納めるようになったそうです。義時の法華堂の横には三浦一族の「やぐら」がありました。

鎌倉幕府は創建時八幡宮の東の大蔵にありましたが、政子が死んだ後、宇津宮辻に移され、さらに若宮大路に移されました。今はそれぞれに石碑が立っているだけですが、それらの旧跡を巡ってから、妙本寺を訪れました。

妙本寺は北条時政に一族もろとも滅ぼされた比企氏の屋敷があった所です。当時2歳で難を逃れた能本(比企能員の末子)が後に一族の霊を弔うために建立した法華堂が始まりで、現在の建物は江戸時代に再建されたものです。

ここには比企一族の墓である五輪塔や、当時比企邸で育てられていて6歳で死んだ一番(政子の孫)の塚などがあります。政子の孫(時政のひ孫)も殺さなくてはならなかった当時の権力争いの過酷さに思いを馳せるところです。

鎌倉220206-01.jpg
妙本寺にて

今後の予定(詳細は改めてご連絡いたします)

10月6日(木) 朝夷名切通しを歩く
12月7日(水) NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」に関わる場所巡り その2

若林記

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